語り得ないことについては沈黙しなければならないーフェイクニュース・WELQ問題に寄せて



「語り得ないことについては沈黙しなければならない」

これは20世紀の哲学者、ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』の中で述べた言葉です。もともとは哲学批判の文脈で、「哲学は思考=言語で語り得ないものを語ろうするものである」という考えのもと語られたものですが、私は最近この言葉をまた違った意味で意識することがあります。

「フェイクニュース」

これは現在のトランプ大統領が積極的に使い出した言葉で2016年11月以降、劇的に普及しましたが(下記Googleトレンド参照)、日本でもそれと重なる出来事が2016年の秋から冬にかけて起こりました。球団も運営しているDeNAが運営していた医療・健康情報サイトのWELQを巡る騒動です。



病気になったり、健康について不安があるとネットで検索する人は多いですが、ウェブサイトを運営している企業側の視点で見ると、「医療・健康系のキーワードで莫大な検索需要があるため、その検索結果にヒットするコンテンツを作ってPVを稼いで広告収入を得よう」ということが営利上のインセンティブになります。

特に医療や健康に関しては、多くの人々にとって関心のあるテーマであり、高齢化が進む中でますます需要が高まってくるため、健康食品やサプリ、民間療法といった医療・健康関連の商品・サービスは巷に溢れかえっています。そのため、広告収入も比較的得やすい領域になっているといえます。

そのような中、WELQでは、健康結果にヒットするコンテンツを安く大量に作ることに成功しました。しかし、その結果生じたコンテンツは医療者からみて出鱈目といって良いような情報が多く、読者がそれを信じて実践してしまうと、健康被害の恐れもあるような類のものでした。

これは、WELQ問題としてニュースにも大きく取り上げられるような問題となり、WELQはその後紆余曲折を経て閉鎖することになりました。

この事件の後、他の情報サイトでも同様の問題が取り上げられるようになり、Google検索エンジン側でも、より信頼性の高いサイトを上位に表示できるようアルゴリズムのアップデートを実施しています。

しかし、その網をかいくぐるようにして現在も大量の有害無益なコンテンツが世に溢れかえっています。

このようなWELQ問題および医療におけるフェイクニュース問題の話を聞くたび、私は冒頭に掲げたウィトゲンシュタインの「語り得ないことについては沈黙しなければならない」という言葉を思い出します。

医療に関する間違った情報は、本来医師にかかって治療を受けるべき人が治療を受けないと判断する根拠となったり、間違った治療法を選択してしまう根拠となるものだといえます。最悪の場合、人が死ぬこともありえます。

これに関して、「誤った情報をもとに行動した人が死んでしまったとしても本人の自己責任だ」という考えもあるでしょう。確かに、最終的に判断したのは本人ではありますし、現在の法律上これを裁くのは難しいのかもしれません。

しかし、「情報の品質を担保できない」ということがわかっていた上で、またこのテーマで情報を求めている人が間違った情報をもとに行動したら重大な結末になりうることも想像できるにもかかわらず、なおコンテンツを大量に作り発信し続けるのだとすれば、これは無差別殺人しているのと同じぐらい道徳性に欠けたことをしていることになります。

そのため、私達には、時に"沈黙"が必要になるのです。何でも営利性優先で、「言った者勝ち」にしてはならないと私は思います。

語り得ないことについては沈黙しなければならない。

この言葉を私は心に刻んでいきたいと思います。