インターネットやSNSなどで個人で発信する機会が多くなると、「あれ、これって著作権は大丈夫だろうか?」と悩むことも多くなります。将棋についてもまさにそうで、最近でも中継されている将棋の棋譜をYoutuberが実況することについて話題になりました(下記リンク)。
>>将棋「YouTube実況」めぐり議論 個人の「棋譜中継」は権利侵害になる?|JCastニュース
将棋の著作権はどうなっているのでしょうか?中継されている棋譜や出回っている詰将棋について、各人はどのように利用していくと良いのでしょうか?一応私も著作権など知的財産権を少し勉強した身(二級知的財産管理技能士)ということもあり、以下に考えを整理してみました。
ここにあるところから読み取れる通り、著作権とは「創作的な表現」を保護する権利といえます。具体的には、以下のようなものが著作権の対象となります(著作権法第十条より)。
これらの著作物は、創作と同時に権利が発生し、一部の例外を除いては、著作者の死後50年まで著作権として存続します。
一方で、これらに該当せず、「創作的な表現」といえないものは権利の対象とはなりません。例えば、単に事実だけを記した雑報や時事の報道は著作物には該当しません。
「事実は著作権として保護されない」
これは特に認識していなかった方が多いポイントではないでしょうか?新聞や雑誌の報道において、実は報道される事実そのものは著作権の保護の対象外なのです。著作権で守られるとすれば、それは創作的な表現の部分、ということになります。
私たちは新聞や雑誌を買うとき、「事実に関する情報を得よう」という意識で買うことが多いと思います。しかし、著作権の観点だけで考えれば、価値のあるのは「創作的な表現」の箇所だけであって、「情報」そのものには(著作権法上保護されるような)価値はないということになります。
個人的には、一次情報を調査する大変さなども考えると、もう少し「事実に関する情報料」に当たる部分に何らかの保護があっても良いようには思いますが、少なくとも著作権法では保護する対象にはなりません。
なぜかといえば、著作権法は「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法第一条)からです。
先に挙げた著作権の期間制限も、「文化の発展に寄与する」ことが目的とされるからこそだといえます。創作物があまりに保護されすぎてしまっても文化の発展を阻害する――著作権は「著作権者の保護」と「創作における自由」を文化の発展の観点からバランスを取った、極めて人工的な権利といえます。
しかし、弁護士など法律の専門家の間では将棋の棋譜に著作権はないという見方が強いです。「将棋は単なる事実の記録であって、感情や思想が表現されたものではない」という見解です。
>>将棋や囲碁の棋譜に著作権(著作物性)はないという傾向である|みずほ中央法律事務所ホームページ
>>「将棋の棋譜自体は「著作物」ではないという見方が強い」意外と悩ましい将棋の著作権、「詰め将棋」アプリ作るために他人の問題を使える?|伊藤 雅浩弁護士|弁護士ドットコムニュース
基本的にはこれらの見解を参考にし、「棋譜自体は著作物ではない」という認識でよいのではないかと思います。その前提で考えると、棋譜中継に関する著作権は以下のように整理できます。
・棋譜自体:著作権なし
・棋譜コメント:著作権あり
・中継された写真や動画:著作権あり
著作権のあるものについては当然ですが、引用の範囲内で利用するか、著作権者への許諾が必要になります。
東京地裁で平成20年1月31日に判決が出された裁判で、パズルに関する著作物性が争われ、著作物として認められる結果となりました。
これを参考にすれば、詰将棋や次の一手も著作権と認められるように思われます。ただし、初心者に教えるために出題するような単純な頭金などは創作性に欠けるとみなされる可能性もあるため、それなりに複雑なものである必要はありそうです。
このほかの論点として、もともと問題として創作した詰将棋や次の一手と、実践譜の一局面を切り出した詰将棋や次の一手では、おそらく問題として創作した詰将棋や次の一手の方が著作物として認められる可能性が高いでしょう。
ただし、著作権法では「編集」も創作性のある行為としてみなしますので、実践譜をもとにした問題も著作物とされる可能性はあると考えられます。
>>「ニコニコ動画の棋譜再現動画が削除」将棋棋譜と著作権 - Togetter
なぜこのような動きがみられるかというと、それはやはり日本将棋連盟のスポンサー事情に求められるでしょう。将棋界の主要棋戦とそのスポンサー企業を簡単にまとめると以下のようになっています。
新聞社を始め、報道・メディア事業を行う会社がずらりと並びます。これらの企業は、賞金や対局料などをスポンサーとして支援する見返りに、対局の模様を独占的に伝える権利を得ています。
そのような中で将棋の棋譜がリアルタイム中継のような形で出回ってしまうと、放送権を得るメリットがなくなってしまい、日本将棋連盟にとってはスポンサー存続の危機となります。
このため、将棋の棋譜を一定程度保護し、スポンサーにとってのメリットも確保できるようにしておきたいというインセンティブが働きます。
そこで一つ対策として考えられるのは、有料・無料いずれの場合でも棋譜中継の利用に際して、利用規約への同意を求めるという方法です。その利用規約には、以下のようなことが含まれるようにします。
この方法であれば、著作権にこだわらずとも、利用者のスポンサーの利益に背くような行動は抑えられるのではないでしょうか。上の表記で、「棋譜中継終了後から〇〇の期間まで」としたのは、一定期間が経過した後はやはり棋譜を一般に公開した方が将棋界の発展に対してメリットになるという判断からです。
一将棋指しとしても、この考え方を参考として棋譜利用するのが良いのではないかと思います。つまり、一般公開されてから一定期間が経ち、スポンサーへの影響も大きくないと判断されるタイミングであれば、棋譜を紹介しながら自身の意見や感想を述べるなど、自由に棋譜を利用しても良いという判断です。
私自身、かなり幅のある判断基準を用いているとは自覚していますが、スポンサーの利益を守りつつ、将棋文化の発展も妨げないということを考えると、まずはこうした基準から進めていき、徐々に具体的な合意形成を将棋界として作っていくのが良い筋なのではないか、と思います。
>>将棋「YouTube実況」めぐり議論 個人の「棋譜中継」は権利侵害になる?|JCastニュース
将棋の著作権はどうなっているのでしょうか?中継されている棋譜や出回っている詰将棋について、各人はどのように利用していくと良いのでしょうか?一応私も著作権など知的財産権を少し勉強した身(二級知的財産管理技能士)ということもあり、以下に考えを整理してみました。
そもそも著作権は何を保護するもの?―事実そのものは著作権にならない
まず、著作権とはそもそも何に関する権利なのでしょうか?権利の対象となる「著作物」の定義について著作権法から引用します。思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
(著作権法第二条第一項第一号)
ここにあるところから読み取れる通り、著作権とは「創作的な表現」を保護する権利といえます。具体的には、以下のようなものが著作権の対象となります(著作権法第十条より)。
- 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
- 音楽の著作物
- 舞踊又は無言劇の著作物
- 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
- 建築の著作物
- 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
- 映画の著作物
- 写真の著作物
- プログラムの著作物
これらの著作物は、創作と同時に権利が発生し、一部の例外を除いては、著作者の死後50年まで著作権として存続します。
一方で、これらに該当せず、「創作的な表現」といえないものは権利の対象とはなりません。例えば、単に事実だけを記した雑報や時事の報道は著作物には該当しません。
「事実は著作権として保護されない」
これは特に認識していなかった方が多いポイントではないでしょうか?新聞や雑誌の報道において、実は報道される事実そのものは著作権の保護の対象外なのです。著作権で守られるとすれば、それは創作的な表現の部分、ということになります。
私たちは新聞や雑誌を買うとき、「事実に関する情報を得よう」という意識で買うことが多いと思います。しかし、著作権の観点だけで考えれば、価値のあるのは「創作的な表現」の箇所だけであって、「情報」そのものには(著作権法上保護されるような)価値はないということになります。
個人的には、一次情報を調査する大変さなども考えると、もう少し「事実に関する情報料」に当たる部分に何らかの保護があっても良いようには思いますが、少なくとも著作権法では保護する対象にはなりません。
なぜかといえば、著作権法は「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法第一条)からです。
先に挙げた著作権の期間制限も、「文化の発展に寄与する」ことが目的とされるからこそだといえます。創作物があまりに保護されすぎてしまっても文化の発展を阻害する――著作権は「著作権者の保護」と「創作における自由」を文化の発展の観点からバランスを取った、極めて人工的な権利といえます。
将棋の棋譜に著作権はない?
それでは、将棋の棋譜について、著作権は認められるのでしょうか?実のところ、棋譜の著作権性については法律の条文で明記されておらず、また過去に裁判例も特にないため、確定といえるほどの確かな情報はありません。しかし、弁護士など法律の専門家の間では将棋の棋譜に著作権はないという見方が強いです。「将棋は単なる事実の記録であって、感情や思想が表現されたものではない」という見解です。
>>将棋や囲碁の棋譜に著作権(著作物性)はないという傾向である|みずほ中央法律事務所ホームページ
>>「将棋の棋譜自体は「著作物」ではないという見方が強い」意外と悩ましい将棋の著作権、「詰め将棋」アプリ作るために他人の問題を使える?|伊藤 雅浩弁護士|弁護士ドットコムニュース
基本的にはこれらの見解を参考にし、「棋譜自体は著作物ではない」という認識でよいのではないかと思います。その前提で考えると、棋譜中継に関する著作権は以下のように整理できます。
・棋譜自体:著作権なし
・棋譜コメント:著作権あり
・中継された写真や動画:著作権あり
著作権のあるものについては当然ですが、引用の範囲内で利用するか、著作権者への許諾が必要になります。
詰将棋や次の一手の著作権は?
それでは、詰将棋や次の一手の場合だとどうなるのでしょうか?「詰将棋や次の一手の場合も棋譜と同様に著作権が認められない」とする見解もあるようですが、先に挙げた伊藤弁護士の記事で紹介されている裁判例が参考になります。東京地裁で平成20年1月31日に判決が出された裁判で、パズルに関する著作物性が争われ、著作物として認められる結果となりました。
これを参考にすれば、詰将棋や次の一手も著作権と認められるように思われます。ただし、初心者に教えるために出題するような単純な頭金などは創作性に欠けるとみなされる可能性もあるため、それなりに複雑なものである必要はありそうです。
このほかの論点として、もともと問題として創作した詰将棋や次の一手と、実践譜の一局面を切り出した詰将棋や次の一手では、おそらく問題として創作した詰将棋や次の一手の方が著作物として認められる可能性が高いでしょう。
ただし、著作権法では「編集」も創作性のある行為としてみなしますので、実践譜をもとにした問題も著作物とされる可能性はあると考えられます。
それでも将棋の棋譜を保護したい―将棋界のスポンサー事情
将棋の棋譜自体には著作権が認められない可能性が高いですが、日本将棋連盟の中には、それでも将棋の棋譜を保護しようという動きも見られます。>>「ニコニコ動画の棋譜再現動画が削除」将棋棋譜と著作権 - Togetter
なぜこのような動きがみられるかというと、それはやはり日本将棋連盟のスポンサー事情に求められるでしょう。将棋界の主要棋戦とそのスポンサー企業を簡単にまとめると以下のようになっています。
- 竜王戦:読売新聞
- 名人戦:毎日新聞・朝日新聞
- 叡王戦:ドワンゴ
- 王位戦:新聞三社連合
- 王座戦:日本経済新聞
- 棋王戦:共同通信
- 王将戦:スポーツニッポン新聞・毎日新聞
- 棋聖戦:産経新聞
新聞社を始め、報道・メディア事業を行う会社がずらりと並びます。これらの企業は、賞金や対局料などをスポンサーとして支援する見返りに、対局の模様を独占的に伝える権利を得ています。
そのような中で将棋の棋譜がリアルタイム中継のような形で出回ってしまうと、放送権を得るメリットがなくなってしまい、日本将棋連盟にとってはスポンサー存続の危機となります。
このため、将棋の棋譜を一定程度保護し、スポンサーにとってのメリットも確保できるようにしておきたいというインセンティブが働きます。
スポンサーを守りつつ、将棋文化の発展も妨げない棋譜の利用方法とは?
こうしたスポンサーを巡る事情は理解できるところです。しかし、将棋の棋譜自体は著作権が認められない可能性が高い中、無理に著作権のような権利があるものとして主張していくのは不安定ですし、ともすれば一般の将棋ファンを委縮させることにもなりかねません。そこで一つ対策として考えられるのは、有料・無料いずれの場合でも棋譜中継の利用に際して、利用規約への同意を求めるという方法です。その利用規約には、以下のようなことが含まれるようにします。
- 本棋譜中継の利用に際して得られた棋譜に関する情報は、棋譜中継終了後から〇〇の期間まで第三者へ無断で共有することができないものとする。
- 棋譜中継に際してインターネットやSNSなどで言及する場合には、中継機能としてウェブページもしくはアプリに予め備わったものを専ら用いることとする。またその場合でも、棋譜手順の大部分が類推されるような利用をしないことに同意する。
- 上記の利用規約に反し、〇〇のスポンサーとしての運営に支障をきたすような事態が生じた場合には、その多寡に応じて損害賠償などの民事上の責任を利用者は負うものとする。
この方法であれば、著作権にこだわらずとも、利用者のスポンサーの利益に背くような行動は抑えられるのではないでしょうか。上の表記で、「棋譜中継終了後から〇〇の期間まで」としたのは、一定期間が経過した後はやはり棋譜を一般に公開した方が将棋界の発展に対してメリットになるという判断からです。
一将棋指しとしても、この考え方を参考として棋譜利用するのが良いのではないかと思います。つまり、一般公開されてから一定期間が経ち、スポンサーへの影響も大きくないと判断されるタイミングであれば、棋譜を紹介しながら自身の意見や感想を述べるなど、自由に棋譜を利用しても良いという判断です。
私自身、かなり幅のある判断基準を用いているとは自覚していますが、スポンサーの利益を守りつつ、将棋文化の発展も妨げないということを考えると、まずはこうした基準から進めていき、徐々に具体的な合意形成を将棋界として作っていくのが良い筋なのではないか、と思います。