思い出の一局:天野貴元 元奨励会三段と、とちぎ将棋名人戦決勝(2014年1月5日)にて

これまでに指した将棋の中で、特に思い出に残っている一局があります。天野貴元 元奨励会三段と2014年に指した、とちぎ将棋名人戦の決勝戦です。

今回、5年越しにその将棋について振り返ってみたいと思います。

※写真は自分では何も撮っていなかったのですが、いけるいさんに許可をいただいて利用させていただきました(利用元のURLはこちらです)。

天野貴元 元奨励会三段について

肩書にも入れていますが、天野さんは元奨励会員であり、三段にまでなった方でした。

将棋でプロ棋士になるためには、まず奨励会に入る必要があります。奨励会は6級から始まり、順に昇級・昇段を経て最後に三段リーグを抜けると、晴れてプロ棋士(四段)となります。

奨励会の競争は非常に熾烈です。6級でもアマチュア四段程度の実力が必要とされ、奨励会1級~初段でもアマチュアの将棋指しでいえば全国トップクラスに入るような実力者です。

そのため、奨励会三段ともなればアマチュアの将棋指しから見ればほぼプロと変わらないほどの達人、ということになります。天野さんはその奨励会三段まで登りつめた方であり、実力は私とは比べものにならないといえます。

そのような天野さんですが、奨励会を年齢制限で退会になった後は企業に就職していましたが、その後舌癌になってしまっており、かなり進行していました。私と対局したときも、舌の手術をした後で上手く話せない状態だったため、対局後の感想戦はボードを使っていました。

しかし、手術後に抗がん剤治療をしている間にも将棋の大会には精力的に出場し続け、2015年の初めにはアマチュアでの成績が認められ、プロ棋士になるための編入試験も受けました。結果、合格することはできませんでしたが、その後秋に病気が悪化し亡くなるまでも、団体戦を含め多くの将棋大会に参加していました。

天野さんのブログは今も健在ですので、詳しくはそちらの「あまノート」をご覧いただくか、天野さんの軌跡が記録された『オール・イン』をご一読ください。

私と天野元奨励会三段

私は大学時代に将棋会館でアルバイトをしていましたが(プロフィール参照)、将棋道場で手合いをつけている隣の部屋で、将棋教室の講師をしていたのが天野三段でした。私は教室の設営などもしていたので、天野さんとはよく話す機会がありました。

休み時間や仕事終わりに天野さんに将棋を教えてもらってはあえなく撃沈する、といったこともありました。私にとって天野さんはとてもかなわない相手であり、将棋の先生でした。

とちぎ将棋名人戦について

大学を卒業してからは団体戦以外であまり将棋大会には出ていませんでしたが、正月休み中で地元に帰っていたときに、ちょうどよい具合に大会があったので出てみよう、となったのがこのとちぎ将棋名人戦でした。

とちぎ将棋名人戦はとちぎ将棋まつりの一貫で宇都宮グランドホテルで行なわれていたもので、どちらかというとイベント色が強い大会でした。

そのため、「お祭り大会なら強い人は少ないだろうし結構勝てるんじゃないか」と少し気楽に考えてもいました。

と思いきや、まさかの天野元奨励会三段が出場!?……なぜ栃木県の大会に、と思ってもいましたが、将棋大会では天野さんは遠征もかなりされていたようです。

結局、大会では私も何とか勝ち上がることができ、決勝戦で天野さんと対局することになりました。

上手(うわて)に勝つための作戦

天野さんと私の実力差は誰が見ても歴然、ですが、大会の場で当たったからには私も将棋指しの端くれである以上、何とか勝ちの目を探さないといけません。

将棋で実力が上の相手のことを上手(うわて)と言いますが、上手に勝つためには、序盤~中盤の間にリードを奪うのがほぼ必須になります。将棋の実力が最も表れるのは終盤です。終盤は読みの正確さ・深さ、判断力などが特に重要になります。終盤の迫り方や詰むや詰まざるやでの一瞬の判断、そうしたものが強い人の場合ずば抜けています。

そのため、終盤で一手差のぎりぎりの戦いになれば、まず勝つのは上手です。下手(したて)が勝つためには、序盤~中盤でリードを奪って、そのリードを終盤まで守り切ることが必要です。

私の作戦は、四間飛車美濃の中でも、特に序中盤で差をつけやすい形で迎え撃つことでした。実際に25手目まで進んだのが下図です(手前の先手が私です)。


7五歩。これが狙いの作戦です。相手の居飛車穴熊で固める作戦に対して、浮き飛車~石田流に組んでバランス重視で戦います。この後、例えば普通に後手1一玉には6六飛、2二銀、7六飛、8四飛、7四歩、同歩、6六角(下図)で、先手は以下飛車交換を狙っていきます。

飛車をお互いに手持ちにできれば、後手陣だけ飛車打ちの隙があるため、一方的に攻める形にすることができます。


実戦では、天野さんが積極的に動いて変化しましたが、それでも作戦勝ちの形に持ち込むことができました。

小技で優位を掴む

少し進んで下図は後手の天野さんが6二飛と飛車を移動させた局面です。


ここで私は小技を使い、数手後に優勢を意識することができました。果たしてどのような手だったでしょうか?




正解は7二歩です。6二に回ったばかりの飛車の利きをずらす小技です。7一歩成とされては困りますし、7四金と飛車道を通して反撃しようにも6四歩があって上手くいきません。7二同飛と取るほかないですが、そこで6四歩5三金6五桂(下図)となって桂馬も活用できて、優勢を築くことができました。


逆転の目を掴ませないで勝ち切る

その後、先手優勢のまま進んで下図の局面で先手の手番。細かいところですが、ここで普通に8一竜では6四馬と桂取りに引かれて紛れの糸口を与えてしまいます。


ここでは少し工夫して6三歩成、同金としてから8一竜としました。以下後手はやはり6四馬としますが、そこで6一竜(下図)とすると今度は6五の桂馬を間接的に守れています(馬が動くと6三の金が取れる形のため)。



こうして細かいポイントも稼ぎながら、逆転の目を掴ませないように細心の注意を払いました(最後までいつ逆転されてもおかしくないという気持ちで臨んでいました)。


結果、何とか勝ち切って、天野元奨励会三段を相手に大金星を上げることができました。とちぎ将棋名人戦、優勝です。


天野さんとしては実力を出し切れなかった一局といえますが、出されていたら私など相手にならないので、これが唯一の勝ち方だったのかなと思っています。


天野さんとはまた指したいと思っていましたが、亡くなってしまい、もう指すことはできないのだなと、勝ち逃げになってしまったなと、この対局を振り返るたびに思います。

この一局がいわば天野さんから私へのプレゼントだと思って、これから将棋もまた頑張っていきたいなと思う今日この頃です。

参考:本局の棋譜(JavaScriptでの再生)


将棋盤

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※棋譜再生は、将棋アルバトロスさんのツールを利用しています。